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いま、必要なのは視覚再生の未来を加速させること。

冨田 浩史|TOMITA HIROSHI(医学博士)論文実績を見る→

岩手大学理工学部生命コース教授、東北大学大学病院臨床研究推進センター客員教授、理化学研究所適応知性チーム客員研究員。緑藻類が持つ光感受性遺伝子を利用した視覚再生法のヒトへの応用研究の第一人者。専門は視覚神経科学、分子生物学、神経科学。JIG-SAW株式会社フェロー(再生医療分野)

常にジレンマを感じていた

わたしは元々、失明の原因となる網膜色素変性の進行を止める治療法の研究を行なっていました。つまり、これ以上、目が悪くならないようにするための研究です。米国のオクラホマ大学にも留学してこの研究を続けてきたのですが、常にジレンマと戦っていました。それは仮に変性の進行を止めることが出来たとしても、既に失ってしまった光を取り戻すことにはならない、ということ。また、失明を引き起こす病気は様々な種類があり、それらをひとつの治療法で対応することへの限界を感じたのです。そこで、発想を変えて、失明への進行を止める治療ではなく、失明に至ってしまったとしても、光を感じ、モノが見えるようにする方法があればいいのではないか、ということで当時世界で注目を浴びていた人工網膜の研究をはじめたのです。

辿り着いたのは遺伝子組み換え技術とソフトウェアによる信号制御技術を活用した視覚再生法

人工網膜とは、目の中に電極を埋め込み、カメラで映像を捉え、電極で目の中の神経細胞を刺激し、映像情報を伝えるというものです。映画のターミネーターを想像してもらうとイメージしやすいかもしれません。この分野は、まさに、神経細胞とテクノロジーがリンクしたエポックメイキングなチャレンジだったと思います。しかしながら、人工網膜研究で使用するチップを自分たち自身で生成ことはできません。LSIチップをもらって、それを私たちが動物に移植するというもので、LSIチップが無ければ研究が進まないのです。そこで、自分たちの手でできる視覚再生法を模索した結果、辿り着いたのが自分たちが最も得意とする遺伝子組み換え技術を活用した視覚再生法とソフトウェアによるダイレクト制御だったのです。

そして、テクノロジーの進化が視覚再生の未来を加速させる

私たちが現在、注力しているのが視細胞をソフトウェア制御させるNEW.VISIONプロジェクトです。遺伝子治療によって網膜に光を受容する能力を付け加え、その見え方をテクノロジーによって制御させるのです。私は、自分が失明したとすると、どのような治療法を求めるか、そういう思いを常に持っています。
実際、視覚が回復した時、たぶん私は、家族の顔が見える、そして表情も分かる、というのが最もうれしく感じられるような気がします。
それをできるだけ簡単な治療で、もともとの視力と同じ、もちろんそれ以上でも構いません。これは、簡単ではありませんが、技術が進めば可能だと考えています。我々の取り組みは、失明者が本プロジェクトが開発するアイギア(NEW.VISIONグラス)を装着するだけで、NEW.VISIONグラスに搭載されたソフトウェアによって創出された信号データの最適制御により明らかに視覚を回復させることを実現していくものです。既に実証段階に入っており、近い未来にはこのプロジェクトが視覚再生の未来を大きく加速させるものになると信じています。

再生医療の発展は、文明の発展と直結している

医療とテクノロジーが密接にリンクする時代はもうそこまで来ています。現時点でも体内に埋め込まれた超小型デバイスがリアルタイムで脳波を読み取り、ヒトが体を動かすのを補助するツールが開発されています。視覚の領域でも、カメラで映像として捉え、それをリアルタイムで眼鏡上に映し出すことは既に実現可能なのです。近年、再生医療でも目覚ましい発展が遂げられており、その背景には様々な分野の先端技術の活用があります。そしてこれらの先端技術は再生医療の分野だけではなく、他のいろいろな分野にも波及していくことが予想され、再生医療の発展は、すなわち文明の発展と直結していると言っても過言ではないと思います。