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未来を想像する力が、世界を変える。

菅野 江里子|SUGANO ERIKO(生命科学博士)論文実績を見る→

岩手大学理工学部生命コース准教授、理化学研究所適応知性チーム客員研究員。専門は細胞工学、視覚科学

光覚の回復が、生活の質を向上させる

現在、第一級視覚障がい者は30万人に及んでいると言われています。これらの障がい者に対し、現在のところ網膜の変性を遅延させる処置が行われていますが、必ずしも効果的であるとは言えません。そして、一旦失明に至ると視覚を取り戻す方法はありません。
網膜を構成する神経細胞の中で、最初に光を受け取る細胞は視細胞です。この細胞は一旦変性してしまうと回復させることができず、失明に至ります。我々はオプトジェネティクスを応用して、視細胞変性後も残存する網膜の最終アウトプット細胞に光を受容する能力を与え、もう一度視覚を取り戻す研究をしています。障がい者に対して「光覚(光を感じる能力)」の回復は、周囲の状況を判定可能にし、生活の質(Quality of Life)を向上させる事ができると考えられます。

「失明者の光を取り戻す」研究の旅がはじまった

恩師である東北大学(医)眼科前教授玉井信先生が研究の場を与えて下さったことがターニングポイントとなり、眼科の研究に進みました。学生時代は乳酸菌の培養ばかりしていたので、目にすること、耳にすることすべてが初めてでした。その後、時代の流れで医学・工学の融合研究が進められ、わたしたちもこの融合研究に眼科学分野で携わることになりました。そこで、全く視機能を失った場合に視覚を取り戻す、視機能再建研究と出会いました。人工網膜というまさに「機械の目」の研究が私たちの「失明者の光を取り戻す」研究の旅のスタートでした。

近い未来の世の中に役立つことを

誰もしていない事をしないと、わたしたち達は研究を継続させることができません。大手の研究室と比べるとスタッフ・研究者は極めて少数で、環境を整備するですら大変な状況です。私たちのような地方の小さな国立大では、予算も少なく、機器の維持もままなりません。だからこそ、わたしたちは常に「今、何をすべきか」を最優先で取り組んでいます。すぐ(近い将来)世の中の役に立たないことを研究する余裕はないのです。これが必ずしも正しい事だとは思いませんが、一方で一生懸命取り組まないと辿り着けないという緊迫感が仕事を進める原動力になっている事は間違いありません。光を失い何も見えなくなった方々に対して、一体、自分たちに何が出来るのか?今されていないことは何か?これを利用できないか?そう思いながら研究を続けているのです。

想像したことが未来になる

わたしが眼科学に足を踏み込んだ1999年から、約20年が経ちました。当時と比べて研究手法や機器、そして解析時間、いろいろなものが目覚ましく変化しました。当時はフロッピーディスクで記録していた実験データの保存法もMOになり、USBになり、HD・ブルーレイになり、そしてインターネットも無線でつながるようになり、重い辞書を持ち歩く必要もなくなりました。これからの10年、20年は更に大きく加速していくと思いますし、今わたし達が想像する夢のような世界が現実のものになっている可能性が高いと思います。だから、私達は今どんな時でも未来を想像し続けようと思っています。未来を想像し、自分たちの可能性を信じる。そして、いつの日か考えもしなかった手法で世界を変えるタイミングが来ると信じているのです。